前回までの授業では、マンダラチャートに沿って自分の目標をプレゼンしてもらいました。
その後の質疑応答と、GOODポイントのフィードバックをしてくれた学生にポイント(シール)をあげて、その活動を可視化しました。
今回は、その結果に合わせて、粗品(駄菓子など)を配りました。
その内容は成績に応じてわかるくらいの差をつけて。
教育上、私の行為はあまり褒められたものではないかもしれません。
ただ、社会人として経験してきた私が教えられるいい機会だとも思っています。
それは、資本主義社会の中での「平等」という考え方です。
本当の平等とは何か
今回の授業で意識したのは、「結果の平等」ではなく「機会の平等」です。
発表する機会は全員にありました。
挑戦するチャンスも平等にありました。
その上で、結果に差が生まれた。
これが、資本主義社会における“平等”の考え方です。
一方で、「みんなに同じ結果を配る」という考え方もあります。
これを「結果の平等」と言います。
過去には、この考え方を理想とした国もたくさんありました。
マルクス主義のような、旧ソ連、中国、東欧諸国などです。
しかし、多くの国はうまくいきませんでした。
なぜか。
頑張っても、頑張らなくても結果が同じなら、人は少しずつ挑戦しなくなるからです。
もちろん、競争がすべて正しいわけではありません。
ですが社会は、
「機会は平等にする」
そして
「結果には差が生まれる」
という考え方の上で成り立っています。
「機会の平等」にも、現実には差がある
ただ、ここでひとつ難しいのは、現実の社会では、その「機会」そのものにも差があるということです。
例えば、家庭環境、経済状況、持っている情報、人とのつながり。
そうした違いによって、見える世界や選べる選択肢は変わります。
資本主義社会では、資本を持っている人ほど、さらに大きなチャンスに触れやすくなりのは、まぎれもない事実です。
つまり、現実社会は、理想のように完全な「機会の平等」が存在するわけではありません。
それでも社会は、「誰でも挑戦できる」という建前の上で成り立っています。
だからこそ大切なのは、
今ある環境の中で、自分から機会を掴みにいくことです。
待っているだけでは、機会は広がりません。
発言すること。
挑戦すること。
自分から動くこと。
そうした行動が、新しいチャンスにつながっていきます。
今回の授業で本当にやりたかったこと
ただ、今回の授業の目的は、順位をつけることではありません。
本当の目的は、
・自分の考えを、自分の言葉で伝えること
・積極的に質問をすること
・周りの良い点を見つけること
この3つでした。
そして、もうひとつ大きな目的があります。
それは、クラスの「心理的安全性」を高めることです。
「こんなこと言ったら変かな」
「間違えたら恥ずかしい」
そうやって黙ってしまう空気では、良いディスカッションは生まれません。
だからこそ、まずは発表してみる。
質問してみる。
相手の良いところを見つけて言葉にしてみる。
その積み重ねで、安心して意見を言える空気を作っていきたいと思っています。
今後の授業では、もっとディスカッションの時間も増やしていきます。
正解を当てることより、
「自分はどう考えるのか」を言葉にできること。
これからの社会では、その力がますます重要になっていくはずです。


この記事へのコメントはありません。